CHANEL~シャネル~

(会社)

「シャネル」・・・と、聞くと 昔、勤めた会社の上司をい思い出します。

ブログタイトルのきっかけにもなった

「・・・それが、こまっちゃんのパタンナーとしての幸せ」と言った人です。

彼女の元で3年2ヶ月働きました。

今、思い返すと・・・

会社が嫌になったのは、やっぱり私の考え方が幼稚だったかもしれませんね。(反省)

年齢はちょうど私より、ひとまわり上でした。私が辞める時は41歳だったと思います。

「41歳」とっくに超えてしまいましたが・・・(笑)

 

文化女子大を卒業後、5年ほど高校の家庭科の教師となりましたが

もともと「服」が好きな人だったので教師を辞め、アパレルに転職したようでした。

「シャネルのスーツ」を着ていたのが今でも印象に残っています。(50万円の!・・・笑)

その「シャネルのジャケット」の型抜きをやらされた事。なんとなぁ~く覚えてます。(汗)はてさて、どの程度のコピーができていたのやら・・・(今なら、もうちと上手にできる)


彼女は、なかなかの苦労人。

他人より少し早めにお父様を亡くされて、10歳下の弟さんを医大に行かせました。

私が部下になった時は、もうお医者さんになってましたね・・・。

お母様はご健在でしたが彼女が一家の「大黒柱」だったようです。

そんな背景もあり気丈な人でした・・・。

気丈な上に細かい事に、よく気がつく・・・。

会社での肩書きは「専務」となっていました。・・・そして「企画」です。

5~6人でやっていた小さい会社だったので彼女がいないと回らない事がほとんどです。

40度近く熱がでて床にダンボール敷いて寝ていた事もありましたね。
・・・本当に強い人でした。

例外なく。私もそんな上司に・・・ムカついて・・・ムカついて・・・ムカついて・・・

ガラにもなく帰る道々、涙がこぼれた事も何回かありましたかね。(笑)

気丈で、強くて、厳しい人でしたが・・・五十も過ぎて、あの頃の事を思い返すと

本当は愛情のある正義感の強い人だったんだと思います。

・・・じゃなきゃ「それがパタンナーとしての幸せ」そんな事は言わないはず。

その言葉が自分に対しての、思いやりだったり・・愛情だったり・・・

その時、気がついていれば会社を辞めなかったかも!?・・・ですね。(笑)

 

人の「やさしさ」に気付けない無神経な人間には、なるまい!!

そう思った「51歳 早春」(笑)

 

 明日も全力。